エッセイ「心の残像」ESSAY

プリマ開発者中谷光伸コラム

第七夜 – 画廊 –

昨晩こんな夢を見ました。 鉄の扉の重々しい金属音を立てながら、マンションの一室にある画廊の中に入ると、窓がひとつもない白い壁の部屋だった。その奥の壁に一枚だけ画がかけてある。近寄って見れば、ひとりの逞しい男の姿が描かれてあった。男は気性が烈しそうで、シャツの袖口から出た腕は黒く陽に焼けていた。そして男は強く握り締めた拳を高く挙げていて、その拳の上に、白い蝶が一匹、羽を休めている。そんな画だった。その画が何を意味しているのか僕には想像もつかなかったが、妙に感心して見ていると、突然、黒い礼服を着た紳士が僕の隣に現れた。 「この画は〝平和〟と呼ばれる画です。私の画廊にはこの画一枚しかありません。あなたはどうも先ほどからこの画がお気に入りのようですが、宜しければ、あなたにお譲り致しましょう」と僕に話しかけて来る。そう言われて僕は無性にその画が欲しくなって、 「いくらで譲って頂けるのでしょうか」と尋ねると、彼は、 「お金は結構です。ただあなたがこの画を大切にして下さるならば、私は喜んでこの画をあなたにお譲り致します」と言う。それで僕は両手を伸ばして、その画を壁から取ろうとすると、彼は、 「この画に触ってはいけません」と言う。僕は、 「この画は先ほどあなたが私に下さると言った画です。それでは、どうして私が触ってはいけないのですか」と尋ねると、 「もしあなたがこの画に触れば、蝶が驚いて男の拳の上から飛び去ってしまいます。そうするとこの画の中にある〝平和〟もまた失われてしまうのです。ですから、私はこの画をこの画廊ごとあなたにお譲り致します。どうか、蝶が男の拳から離れないようにして下さい。どうか私に代わって、いつまでもこの〝平和〟を守って下さい」と言って、彼は白い壁の中へと消えて行った。